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日々小実験

『ヘーゲルの歴史意識』を読んでしんみりする

ヘーゲルの歴史意識』長谷川宏講談社学芸文庫)
 カントの入門書の次はヘーゲルの本を読んでみることにした。カントからヘーゲルというのは順番的にはたぶん合っているのだと思う。前読んだ本にもカントをヘーゲルがどう解釈したか、というトピックスが出てきたので。
 ヘーゲルについてはいつか読もうと思って読みやすい訳で定評のあるこの著者の『精神現象学』や『歴史哲学講義』を手には入れているのだが、いくら訳が読みやすい、とは言っても難解なイメージが先行するヘーゲルだけに、この本も難しいのできっとすぐやめちゃうだろう、と思っておそるおそる読んでみた。
 そしたら、えらく面白い。ボールペンで線を引きながら本を読むのだが、ここ最近で一番線を引くところが多かった本であるような気がする。
 ヘーゲルという人は二十代からいろんなことを考えていた人だが、老年になるまでにその思想がけっこう変わっていく。そしてもちろん変わらないこともある。その変化すること、しないことの描きようが面白い。
「啓蒙的理性の克服」「主観道徳から運命の必然へ」「国家の現実性」「フランス革命と自由」「古代ギリシャ共和国-同型から歴史的把握へ-」「歴史意識の帰趨」というのが各章のタイトルだが、それぞれの主題に対してヘーゲルがどう変わっていったのかということを丁寧に教えてくれる。ヘーゲルの思想というと「弁証法」しか思い出せないだめな私だが、結果的にヘーゲルの考え方のあらましがある程度分かるようにもなっている。
 特に国家と個人の関係については、ヘーゲルがいた当時のドイツが分裂し解体されようとしている中で、ヘーゲルが国家をいかにきっちり立ち上げるか、そのために個人の自由なんてものは国家に対しては無視してかまわない、という主旨の考えを深めていくことは興味深い。こういう考え方を私は好まないが、しかし国家のない状態に置かれようとしていた場合にヘーゲルの考え方以外で思考することが出来たのか、そしてその対立軸は現在に至るまで生きているのではないか、と言うことを考えると、この主題についてはもう少し考えてみたくなった。
 それから、主題とは別にいくつかいい文章があったので引用。
 政治的人間とは、大衆の私的な生活意識にたくみにもぐりこみながらも、どこかでは必ずその私的な意識をふりすてた一般意思を自分の意思として押し出さざるを得ない人間のことだ。俗にいう建前と本音の分裂は、自己の内部に一般意識と個別意識の葛藤を常にはらまざるをえない政治的人間が、その矛盾を絶えず新たな統一にむかって克服すべく明確に対象化するのではなく、外的な状況の違いに応じて、あるいは一方を、あるいは他方を、それが自分にとっての唯一の意識であるかのごとくに提示するところにうまれるもので、分裂の芽は、政治的人間には宿命的につきまとうものといわねばならない。だから、なにが建前でなにが本音かを知ることよりも、建前と本音がどうからみあっているかを知ることの方が、政治の学としてはずっと重要なことなのだ。(p139『フランス革命と自由』)
 難しいけど、何となく分かるなあ。というか、私は近頃「建前と本音」について考えていて、特に本音をいうことがすばらしい、みたいな最近の風潮がどうしても気にいらないでいた。建前を捨てて本音だけでしゃべりあえばすばらしいのかね。ほんとかよ。自分ひとりで生きているのならばそれでもいいのだろうが、他人と生きていく中で自分中心の考え(=個別意識)をみんなが言い合えばそれはぐちゃぐちゃになってしまう。そうではなく建前(=一般意識)を踏まえた上で、その建前が陳腐化したなり、もしくは完全に誤っているのであればそれをぶちこわすということをすべきではなかろうか。なんてことを考えた。上の文章は「政治的人間」についてだが、人間は多かれ少なかれ他人の前では政治的ですもんね。
 それからもうひとつ。こちらはヘーゲルの文章。『ドイツ憲法論』から。
 というのも、現に存在するものは、われわれを怒らせたり悲しませたりすることはなく、怒りや悲しみは、それがあるべき姿をとっていないと感じるときに生ずるものだからである。だが、現に存在するものが恣意や偶然でそうなっているのではなく、そうならざるをえない必然にもとづいてそうなっていることをわれわれが認識すれば、それはそうあるべきだという認識もまた得られるのである。だが、必然性を認識し思考する習慣を身につけることは、人間にとっては一般に難しいことなのだ。(p91)
 ちょっと泣けますよね。人生の達人といった文章。とは言っても30歳くらいで書いた論文ですが。
 目の前のものが私の考える「あるべき姿」をとっていないと感じるから、怒りや悲しみを感じてしまう。だけど、「あるべき姿」をとっていないと感じても、それは私がそう感じているだけのこと。物事は私がどう感じようと必然として今こうなってしまっている。必然なんだ。そう考えれば怒りや悲しみは感じないよ。それは難しいけどさ。
 そうだね。それは難しい。そんなふうに考えられるようには、きっと死ぬまでなれそうもないけど。
ヘーゲルの歴史意識 (講談社学術文庫) ヘーゲルの歴史意識 (講談社学術文庫)
長谷川 宏 (1998/11)
講談社

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